Posted on Tuesday, 30 June 2009
小黒 何度かお話になってると思うんですけど、アニメーターになったきっかけから、聞かせてもらえますか。
板野 高校時代に、ある事件をきっかけに停学になってまして。その頃に、上野駅で落ちてた新聞を拾ったのがアニメの仕事を始めるきっかけだったんですよ。僕は横浜に住んでたんですけど、たまたま上野の中古バイク屋にバイクを見に行って。行っていた高校は、バイク乗ったら退学なんですけれども、「関係ねえや」って乗ってた。その時は小型か中型のトレールバイクが欲しくて、中古を探してたんですよ。それで、バイク屋に行く途中で落ちてた新聞を拾ったら、「西荻窪 スタジオムサシ アニメーター(TVマンガの絵描き)募集」という募集広告があったんです。上野から西荻窪まで、電車でそんなにかからないので、せっかく東京に出てきたんだから──当時、ちょうど親が両方とも入院してまして、親に停学になった事を話してなかったんで、バレるまでは学校に行ってるふりしようと思って――夜まで時間をつぶそうとしていたんです。
小黒 ちょっとドラマチックですね。
板野 ええ(苦笑)。その前に、先生に「お前なんかロクな人間になれねえよ」と言われて殴られて、「ふざけんな!」って思って、就職内定してたのも自分で蹴って、どうせロクな人間じゃあないんだからって、とりあえず自分から、自分が引いてきた路線から外れてしまった。そもそも「これからはコンピュータの時代だ」と思って、工業高校の電気科でそういった勉強をしてたんですよ。……2年ぐらいで挫折したのかな。昔のコンピュータなんて、コーディングシートに計算式を書いて、計算が合ってないとコンピュータに「エラーだ」って弾かれて、「計算が間違ってるからやりなおせ」って言われた。コンピュータ様は夏も冬も、室温20℃の快適な暮らしをしていて、自分は網が張られた牢獄みたいな暑い部屋で(苦笑)。なんでコンピュータのリテイクを人間様が直してんだ、っていう。当時、コンピュータに対して妬みと憎悪を持ってまして。それで落ちこぼれて、機械科の自動車部とか、あまり勉強しないで自由に遊んでるような人達と仲よくなっていって、その時に「ああ、俺もオートバイ欲しいな」って思った。で、それでバイク見たついでに西荻窪に行ったんです。
そしたら「試験受けに来たの?」と言われて、一応「はい」って答えて、試験させてもらって。大体1時間ぐらい画を描かされて――画っていうか(原画を)クリンナップさせられて。分かんないんですよ。トレス台も分かんないし、タップも分かんないし。なんで机にガラスが入ってて、中で蛍光灯が光ってて、「目が悪くなるのに危ないなあ」とか思って。「この机でクリンナップして」って言われて、「クリンナッ」ってなんですか」「……いや、綺麗に描くんだよ」「ああ、そうなんですか」。で、なんで紙にこんな穴が開いてるんだろうと思って、「すいません」と言って画鋲を借りたんです。それで、紙に刺したら穴が開いちゃうんで、タップの穴のところに画鋲を通して引っかけて、原画を机の前に貼って、こうやって一所懸命見ながら描いてた(笑)。「うわあ。この人、上手いけど、俺は全然ダメだなあ」とか。小黒 あ、上からなぞらないで、模写しちゃったんですね(笑)。
板野 そう、模写しちゃったんです。そしたら隣の人に「あんた、何やってんの」って言われて。「この画を見て描いてるんです」「いや、模写じゃなくて」。模写って言葉もまだ知らなかったんですよ。僕は工業高校だったので、電気製図とか機械製図とか(の授業)はあったんですけど、美術はなかったんですよ。美術っぽい画とかは別に好きじゃなくて、パラパラマンガが好きだったり。パースも、製図を描くからパースを教え込まれたりしてたんです。
で、「えっ、じゃあどうやって?」って言ったら、「これをタップって言うんだけど、ここにはめて。これはトレス台って言うんだけど、光を点けて。そうすると透けて見えるでしょ、それをなぞればいいんだよ」って。「ああ、画を描くんじゃなくてなぞるんですね!」「……まあ、それをクリンナップって言うの」とか言われて。「ああ、ありがとうございます」「まあ、今日は貸してあげるから」。そんな風にずっとやってて。1時間ぐらい経って、「じゃあ、面接、君の番だから来てください」と言われて。で、「どうしてウチに来たの?」「いやあ、その……ちっちゃい頃から、アニメーションを見てて、どういう仕事かなあ、と思って。『自分にも務まるのかなあ』みたいな、そういう気持ちで横浜から来ました」「ああ、横浜から来たんだ。大変だね。履歴書は?」「いや、持ってません」「履歴書持たないで、どうして?」「すいません、新聞を読んだら載ってたんで、履歴書とか持たないで、咄嗟で来ちゃったんです。見学だけさせてもらえればいいかな、と思ったら、試験させてもらえるという事だったので、受けました」。で、まあ、いろんな事を訊かれて。こっちはせっかく来たんで、夕方帰っても何もする事がないんで。「すいません、自分は全然こういう画を描いた事がなかったんです。納得できないんで、もうちょっと描かせてもらえませんか」って言ったら「うん、じゃあ、納得するまで描いてっていいよ」と言われて、夜まで描いてた。
なんとなくみんなピリピリしてて──当時はそこは動画スタジオで、動画チェックと動画と原画が何人かいたんだ。当時はそんな事分かんなかったんだけど、今、考えると下請けスタジオなんで、サンライズとか東映とか、いろんな会社の仕事をやっていた。当時だと『(アローエンブレム)グランプリの鷹』とか、『(惑星ロボ)ダンガードA』とか、『(無敵鋼人)ダイターン3』とか、あの辺をやってる頃だった。東映のカット袋とかあって。で、やってるうちに、休憩と言われて、「ちょっとお茶を呑みなさい」と。それで、(他の人の描いたものを)見せてもらって、「ああ、皆さん、凄いですねー。この画とこの画の真ん中の画なんて、同じ大きさで描けませんよ」「いや、これは見て描くんじゃなくて」って(笑)。「線と線の間を割っていくと描けるんですよ。それをタップ割りっていうんです」って。「もし、アニメーションの仕事が好きだったら、タップっていうこの道具を買われたらどうですか。大泉の東映動画で売ってますから、そこだと普通の人も買えるんで」って言われて。それで休憩も終わって一所懸命やって、そろそろ8時ぐらいだから、横浜に帰るにもちょうどいいかな、部活やって帰ったふりもできるし、と思って。「ありがとうございました。自分が画が下手だって事が分かりました」。見学もできたし、画も見せてもらって、TVマンガってこんなふうに作ってるんだ。大変だなあ、俺にはできないな、って実感して。
そうしたら、1週間ぐらい経ってから連絡があって、「試験の日に夕方に来て、夜遅くまでずーっと同じ画を描いてた人はいなかった。下手だけど一所懸命だった。研修やってみますか?」と言われて。無期停学だったんで、こりゃ、いいやと(笑)。
Notes