昔、若い漫画家から「ボク、水木しげると横山光輝が読めないんです」と言われた事が。絵柄とか内容の問題ではなく、内容が頭に入ってこないのだと言う。読字障害とかでなく、セリフと絵とコマとコマのシーンの流れが繋がらないと。

水木先生はともかく、横山先生の職人的構成力をひたすら尊敬する自分としては、ぽかんとしたんだけれども、それはキミの好みだよと切り捨てるには、チョット引っ掛け部分もあって、以来ずっと考えているんですが。一つの仮説として、お二人の作風のルーツに、紙芝居があるからではないか、と。

手塚治虫以来、日本の漫画は映画的な手法をコマの中に落とし込む方向で進化してきたわけで。それが主流派になったから忘れ去られがちだけど、日本の表現の文化としては、実は紙芝居やそれに連なる系譜の表現というのは確実にあって。映画的な表現が流れを追うのに比較して、紙芝居は異なる。

ちょっと乱暴な事をいえば、映画的な表現はアニメの原画マンの絵に当たる、動きの起点と終点部分の絵の中から、さらに絞り込んでセレクトしたカットと台詞を組み合わせて物語を進行させるのに近い。対して紙芝居は、そのシーンの中の象徴的なシーンを切り取って、そこに台詞を載せる感じか。

紙芝居は絵本的な表現に話芸が加わる物だけど、落合信彦氏の父親がひとつの紙芝居で適当にいくつもの話をでっち上げたように、象徴的なシーンを抽出した物なので、そこで物語を組み替える事が比較的容易。逆説的に、その象徴的な絵と絵の間のシーンは、見聞きする側がイメージして補う部分が大きい。

で、冒頭に戻って。その視点で見ると、元々紙芝居を描かれていた水木しげる先生はもちろん、横山光輝先生の作品もナレーションが多めの作品では紙芝居的な象徴的なカットに載せる感じで、手元にある本だと『時の行者』の紀ノ国屋文左衛門の回とか、割とそんな感じが。たぶん、そこらが読めない理由か。

落語を見せても、着物きた人が首を左右に振りながら喋っていると認識する人は、その外面だけを見ているわけで、そこで表現されている物語のイメージがわかない人は面白さを理解するのは難しい。例えば『風呂敷』という演目は、上手い演者だと押入れからヨロヨロと這い出た間男の姿が浮かぶほど。

主観表現の漫画は本来、絵本や紙芝居的な象徴的なシーンのカットに、時間表現の映画的な表現手法を取り込んで発達してきた部分があるわけで。ところが、そこら編が進みすぎた結果、先に書いたアニメの原画的な素材の中で、従来は省略されていた部分が、そのまま描かれるような表現が増えたような。

そのような、時間表現的手法の作家は、代表的な存在が大友克洋氏であろうか。氏の作風を非手塚的と評する人もいるけれど、実際は手塚的な映画手法の落とし込みの流れの中に位置付けられる訳で。それは昭和35年生まれ以降の、テレビが身近にある世代によって更に発展して行くことに。

しかし、菊地秀行先生が「大友克洋は漫画が下手」と評したように、時間表現的な表現手法が発達しすぎた結果、従来の表現手法からすれば省略しても良いカットが大量に残り、表現の冗漫化が起きてしまっている。でも、コレに慣れてしまった世代には、水木先生や横山先生の作品が読めない、ということに。

自分がこういう視点を持つようになったのは魔夜峰央先生が、普通の人間が8コマで表現する物を、山上たつひこ先生は4コマで表現している、と評されてから。これは映画やアニメ的な、動きの起点や終点を追いかければ8コマかかる物を、省略して4コマにするのが漫画的表現とも言える、ということ。

自分が尊敬するある漫画家も、魔夜先生のファンなのだが、この話をした時にしばらく考え込んで、「そう言えばアニメのパタリロを見た時、漫画のスピーディさが失われているような」と。漫画だとバンコランの悪口を言ったパタリロが、次のコマではボコボコにされた姿(結果)を見せる事で省略可能。

ただ、気をつけないといけないのは、漫画的な省略というのは、1・2・3・4・5・6・7・8という時間表現を、1・3・5・7や2・4・6・8と摘めばいいかと言えば、そう単純ではない点。1・2.4・2.8・8のような、摘まみつつも別途加える事で8コマを4コマにする表現力が必要。

ここら辺は、漫画家は割と感覚的に処理しているし、また優れた漫画家は落語のようなイメージ力が必要な表現のファンが多く、紙芝居的な象徴的なシーンを無意識に抽出する能力にも秀でていたりするけれど。CDやデジタルデータで育った世代に「巻き戻し」と言っても肉体的実感が伴わないという問題が。

ただ、大学で18~20歳ぐらいの、アニメで育った、時間表現が当然で漫画的な省略ができない世代でも、ジャンプの某漫画をテキストに、このページのこのコマとこのコマが無駄で、この3コマをこんな1コマに表現し直せばよりスピーディでしょ、と説明してやると、コツがわかる子がけっこういる。

たぶん、ここら辺の表現技術については、自称漫画研究者とかには無理だし、理論化はもちろん一般化もできない。いわんやドリル化など…。金平守人先生の『エロ漫の星』の中に、その一端が描かれてはいるけれど、これは師である石川サブロウ先生から伝承された、本来は門外不出の技術だし。

ビッグ錠先生の漫画で、東京から関西に来た料理人の味付けが、関東と関西の融合で微妙なバランスだったのが、関西の味付けでで生まれ育った弟子の代ではその東京の要素が継承されず、東京から来た主人公の方が技術的には劣っていても先代の味付けに近い、という逆説が描かれた話が描かれていたけれど。

漫画が存在しないところから立ち上げた第一世代と、手本とすべき物があって、洗練させる第二世代とは、同じようなバックボーンの違いがあるわけで。手塚の影響を受けた第二世代は、テレビもアニメもほぼなかった世代で24年組もこの世代に加えていい。35年生まれ前後~45年生まれ前後が第三世代。

漫画的には第三世代で、なおかつオタク第一世代でもある自分らの世代が、テレビもアニメもなかった世代と生まれた時からそれがある世代の、狭間の世代として文化伝承の役割を負うべきだと思うし、そのためには一度、漫画表現の発達史や表現の整理分類が不可欠ではないかと。拙著はその第一歩でもある。

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